ニューヨークに来て最初のころ、寝てる間に足をたくさん蚊にさされ、はれて、
さらに引っ越しの時に、とても重いリュックと大きなカバンを持って歩いていたら、小学3年生以来だろうか、
前のめりにこけてヒザとスネがずるむけ、
今の住居に来てパスタを作っていて、湯切りをしようとシンクに鍋を運ぼうとしたそのとき手が滑って熱湯がこぼれヒザを火傷、
いちばんつらいのは、日本で新調した靴が合わなく、2時間以上歩くとかかとにマメができてしまう、
という足にかかわる怪我にみまわれ続けた。
そのせいで、時間があっても、なかなか遠出できない日が多かったのがつらかった。
そんな中で、先日、ホイットニー美術館に行った。
まず建築が美しかった。
私の好きな建築家の一人、レンゾ・ピアノの設計で、去年建てられた。
宙に浮いたようなエントランスから中に入り、エレベーターで企画展なり常設展なり好きな階に上がる。
地下1階と、地上7階まである。展示室は順路がないような設計で、ぐるぐると観てまわるような感覚だ。
そして圧巻だったのは、外庭スペースからの眺めだった。
マンハッタンを一望でき、両サイドの川までぐるりと見渡せる。久しぶりに良い建築に出会えたと感じた。
肝心のアート作品だが、企画展もおもしろかったが、常設展が興味深かった。
たくさんの作品があり全部の感想を言うのは難しいが、アンディ・ウォーホールの作品がとても印象深かった。
今ブログトップの写真がそれなのだが、シルクスクリーンの肖像画を組み合わせた作品だ。
非常に良く考えられた配色で、プリントも良い粗さのある、見応えのある作品だった。
それまでは、「キャンベルのスープ缶」のような非常にシンプルな作品のイメージがあったので、とても驚かされた。
改めてWikipediaでアンディ・ウォーホールを検索してみて、納得してしまった。
ポップアートの旗手としてスターになり、順風満帆な人生だったのだろう、と勝手に想像していたが
彼は本当のアーティストだったのだ、と気付かされた。
歴史的にも非常に重要な位置づけのポップアートを表面だけで見てはいけない、
アートと日用品の差異は本当にあるのか、という疑問と投げかけが彼の人生観の大きな部分を占めていたのではないか。
アメリカというポップアート発祥の地で、その意味を確かめてみたい、留学1ヶ月過ぎてからの思いだ。
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